家を建てる事を考え出す(2005年7月)
マンションを購入した友人から刺激を受ける。そういえば勤続3年。俺もローン組めるんじゃねえの?
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銀行へ足を運ぶ(2005年8月)
とにかく金が借りられるかを確認しよう。話はそれからだ、銀行へ行ってみよう(短パンで)。あれ?何よ、いいの?俺でも借りられるわけ?
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不動産屋へ足を運ぶ(2005年8月)
ネットで探すもめぼしい土地は見つからず、今の賃貸の管理先である不動産屋へ行ってみる。すると、幸か不幸か未公開の土地が。どうするよ俺?
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土地を決める(2005年8月)
他を探すもより良い条件の土地は見つからない。一世一代、この土地にすることを決める。その後の紆余曲折も知らずに…
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どこでどんな家を建てるか検討(2005年8月)
ハウスメーカーか工務店との家造りを考える。屋上とインナーガレージが欲しく、RC造での家造りを考える。この当時はまだ、建築家と家を建てる事が身近に感じられなかった。
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地元の工務店を訪ねる(2005年8月)
RCの家に住みたかった事から、地元でRC-Zの家を提供している会社にプランなどを依頼してみる。けれど、提案力の低さに段々物足りなさを感じ出す…
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建築家の事務所を訪ねる(2005年9月)
たまたまネットで見つけて、良いなと思えた建築家の事務所を思い切って訪ねてみる。結果的に目指す家の感じや進め方が俺達とは合わなかったけど、建築家との家造りがぐっと現実的になる。
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ザ・ハウスを訪ねる(2005年9月)
建築家との家造りを考え出しては見たが、今まで全く視野に入れていなかったためどんな建築家がいるかすら良く知らない俺達。そこで、建築家を紹介してくれるサービスを提供しているザ・ハウスを訪ねてみた。結果的には土地と融資が確定してからじゃないと紹介は受けられなかったけど。
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箱の家を知る(2005年10月)
同時期に家を建てようとしている友人から、「こんなの好みじゃない?」と見せてもらった雑誌(新しい住まいの設計9)で「箱の家67」を知る。家のルックス、内装、考え方まで全て俺達の好みにピッタリの家を見つけた事に驚き、喜ぶ。話を聞かせて欲しいとすぐにメールを送ってみる。
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界工作舎を訪ねる(2005年10月)
つい先週まで難波和彦の「な」の字も知らなかった俺達が、「箱の家に住みたい」だけを読んで(理論武装して?)界工作舎を訪ねる。そこで難波さんの考え方と人柄を垣間見、是非この人に俺達の家をお願いしたいと思うようになる。
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しばらくの停滞(2005年10月〜2006年2月)
土地の造成に何の進捗もないため、当然ローンも組めず身動きの取れない状態が続く。ただ時間だけが過ぎ、あれだけ色々走り回った日々の事も忘れそうになるばかり。このままじゃ、ローンも危うくなっちゃうよ!
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土地の造成が始まる(2006年2月)
諦めかけていた家造り。けど、やっと、やっと、やっとやっと話が動き出しました。ずっと進捗の無かった土地の造成が始まり、再び話が現実的に。
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どこで建てるかを決める(2006年3月)
もう界工作舎を訪ねた時から俺達の気持ちは決まっていましたが、もう一度ここではっきりさせました。色々プランを作ってもらったりした方達には申し訳ない気持ちもありますが、
これも渡世の義理一生に一度の買い物なので妥協せずに決めました。
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敷地調査(2006年4月)
土地の状況がはっきりしてきたので、難波さんに連絡を取る。すると、一度敷地の調査に来てくれると言うことになり、半年ぶりに話が動き出す。
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基本設計開始(2006年4月)
敷地調査の時に、1Fにバイクを入れられるようなガレージが欲しいと伝えたところ、土間を持つ「箱の家104」を見学させてもらうことに。その結果を踏まえて俺達の希望を伝え、いよいよ設計が開始され、『箱の家120』計画が始まります。
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土地売買契約(2006年4月)
8ヶ月以上の曲折を経て、やっと土地の契約が完了しました。ここまでに、最初の土地はやはり売れなくなったから別の土地にしてくれだの、そこもやっぱりダメになったから別の土地にしてくれだの色々ありました。仲介手数料はその不手際に応じて下げてもらいはしましたけどね。
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邪魔な電柱が立つ(2006年5月)
俺達が買う土地の隅に、東京電力の電柱が立ちました。最初は、邪魔なところに立てやがって、道路に立てろよ程度の気持ちでしたが、この電柱がいずれ設計に関わってきて移動させられることになります。
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プレゼンテーション(2006年5月)
模型と図面を前にして、いよいよ俺達の「箱の家」のプレゼンテーションです。俺達の希望がギュッと詰まった3階建ての箱の家でした。2階建ての第2案も用意してもらっていましたが、予算の事など気にもせず俺達は最初の案が最高に気に入りました。
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ローン確定(2006年6月)
最初は三井住友で進めていたローンですが、分割融資(つなぎ融資)に対応できないという某ローンプラザの姿勢から八方塞がりに。(建て売りかマンションだけ買えってか?)そこで交渉を進めた山梨中央銀行で、ローンの審査にOKが出ました。ここで漸く家が建てられる事が確定だってのがヒヤヒヤです。この時はまだ、設計料からカーテン代まで出してくれるモンスターローン(超オススメ!)だとは知りませんでした。
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設計業務委託契約(2006年6月)
界工作舎と設計契約を結びました。「家を建てられる」事が確定したのはローンの審査でですが、「家を建てる」事を確定させたのはこの段階だったと俺は思っています。契約に不安はありませんでしたが、かなり緊張したのを覚えています。
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金銭消費貸借契約(2006年6月)
ここで融資の契約を結びました。これまでに、分割期間の元金支払いを据え置きにするのかや、持ち分の割合をどうするかなど色々決める必要がありました。当日はもう、実印押しまくりの住所氏名書きまくり大会です。緊張感ねえなぁ。
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土地決済(第1回目融資)(2006年6月)
土地の決済です。8桁のオカネが俺の口座に入って、そしてすぐ出ていきました。そして、土地の権利が俺達の物になりました。土地を持っている証、権利書はまだお預けで後ほど郵送されてきました。
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実施設計(2006年7月)
家のいろいろな内容を詰めていきました。もう、毎日メールの応酬。コンセントの位置1つから棚板の枚数まで決めていきます。その間いくつかのオープンハウスに行ったり「箱の家106」にお邪魔させていただいたりしました。これだけしっかり打ち合わせをしたんですから、納得の行く家にならないわけがない。
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電柱移動(2006年8月)
結局北側にも駐車場を設けることになり、邪魔電柱を敷地の北西隅から南西隅に移動してもらうことになりました。東電ったら、敷地内での移動だったら二つ返事でOKですよ。もちろん費用はかかりません。ところで電柱の1年間の土地使用料っていくらだか知ってます?
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見積もり結果(2006年9月)
工務店に対しての現場説明の後、見積もり結果が出ました。相見積もりせずに1社で気合いの見積もりです。結果、予算の500万円オーバー!さ、流石に無い袖は振れませんよ!どうなんの、俺達の家造り!いきなり2階建てとか?
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工事契約(2006年10月)
界工作舎での査定といくつかの設備を施主支給する事を承諾いただき、500万オーバーが300万オーバーに収まりました。じゃあ後は、何を削って予算を減らすかって話なんですが、俺達は何一つ削らない道を選びました。STOP!家造りの妥協!男の甲斐性でこのまま工事契約ですわ!どうなっても知らん!(そんな無謀なことはしません。ちゃんと貯めてありました。)
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地鎮祭(2006年10月)
超快晴の最高の日に、諏訪大地主神社のご神職に地鎮祭を執り行っていただきました。鍬入れでは俺の「エイッ、エイッ」の声が響き渡りました。その後、どんな奴が家を建てるのか不安であったであろうご近所の家々へ、挨拶回りに伺いました。こんな奴が建てます。
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地盤調査(2006年10月)
工事が始まる前に地盤調査です。SS式試験って知ってます?結果、俺達の土地には特に問題がありませんでした。良かったー。後日立派な調査結果も届きましたよ。
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第2回目融資(2006年10月)
第2回目の融資が完了しました。全4回。もう慣れたもんで、口座を通り過ぎていく大金にも眉1つ動かさない俺がいましたよ。儚いものです。
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着工(2006年10月)
今ココ ついに工事が始まりました。まずは根切りです。基礎工事→建方→上棟式と続いていきます。細工は流々、後は仕上げをご覧じろの心境です。なんか、打ち合わせしてる時の方が少し楽しかった、と思ってしまう位に施主は見てるだけです。
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竣工予定(2007年3月末予定)
果たして20代のうちに建つか?乞うご期待。